米国公認会計士は注目の資格

米国公認会計士USCPAと呼ばれる資格

公認会計士は企業の監査と会計を専門とする会計のスペシャリストで、会計に関する様々な業務を行っています。
そしてその業務は幅広くあり、企業決算書を独立した立場からチェックしたり、その内容についてスペシャリストとして意見を表します。

会社経営では経営者が会社の所有者である株主に向けて、1年に1回は経営状況報告を行うことになっています。
その際、株主に提示する報告書作成にも公認会計士は関わっています。
このような公認会計士としての仕事をアメリカで行うことができるのが米国公認会計士です。

米国公認会計士USCPAと呼ばれる資格で、実施機関は全米州政府会計委員会になっています。
そしてこの資格はアメリカだけでなく、日本では東京や大阪でも試験が行われており、全て英語で行われる試験に合格すると、アメリカの州ごとの営業許可を取得して、その州で公認会計士として働けるという資格です。

米国公認会計士はアメリカにおいて有効な資格と言ったイメージがあるといえますが、昨今、日本でも取得可能な資格として注目されており、米国公認会計士の専門学校などでもUSCPAの資格取得についてコースが提供されているところなどもあるのです。

こうした専門コースを活用して日本でも資格取得を行うことができ、受験者が増えているといわれているのです。

日本人がUSCPAを取得するメリットと必要とされている業種

では日本人がUSCPAを取得するとどんなメリットがあるのでしょうか?
そして、USCPAが必要とされている業種などにはどのようなものがあるのでしょうか?

この点については、まずはこの資格を取得するメリットについてご紹介したいと思います。
日本人がこの資格を取得するメリットとして挙げられるのが、

  1. キャリアアップを図れる
  2. 日本の公認会計士よりも取得しやすい
  3. アメリカ以外でも公認会計士業務を行うことができる

と言った点などが挙げられます。

例えば、アメリカに支店があって、日本の会計担当が会計業務に関わると言った時にはこうした資格が役立ちます。
また、海外企業のパートナーシップをもつ企業で会計などに関する業務に携わっている場合もこうした資格があることでキャリアアップを図りやすくなります。

英語で行われる試験で資格を取得できれば、自身の英語力の証明にもなりますし、海外の会計基準を理解することができるということを伝えることができます。
そして、外資系企業などへの就職を考えている時などにもこうした資格が有れば就職も有利になると言われています。

日本の公認会計士より資格を取りやすい

また、日本の公認会計士より資格を取りやすいというメリットもあります。
日本の公認会計士は合格率が数%台と言われますが、この資格は試験科目は各科目それぞれで合格を目指し、4科目それぞれの科目を働きながら目指しやすいといえます。

もちろんそんなに簡単に取得できる資格ではないといえますが、日本の試験よりもごうかくしやすいといわれているのです。

更に、この資格を持っているとアメリカ以外でも公認会計士の業務を行うことが可能になります。
この資格の州ライセンスを取得することで、オーストラリアやカナダ、イギリスやニュージーランド、香港やメキシコなどで会計士の仕事を行うことが可能ということになっているのです。

そのため、米国公認会計士の資格を取得しておくことで、キャリアアップが図りやすくなったり、英語や会計スキルを証明したり、アメリカ以外でも会計の仕事を行うことが可能になったりすると言ったメリットがあります。

米国公認会計士の資格を取得することで、会計について深く理解することもでき、会計に関する専門性を高めていくことができるのです。
このように、この資格は昨今日本でも取得する人が増えている注目の資格です。

今を生きることの難しさ

今を生きるってどういうことか?

今を生きるという言葉を聞いて、自分はしっかりと出来ていると心からそう思える人はなかなかいません。
なぜなら、どこかで過去のことを思い出し、なぜああいうことをしたのかと後悔する人が多く、また過去のトラウマによって傷つけられた人などはいつまでもそのことを引きずったり、恨みの感情をもったりして日々を過ごす人もいるからです。

こうなると、過去に引っ張られてしまい未来のことを明るく考えられないようになってしまいます。
多かれ少なかれ誰しもがそうしたことを経験している分、今を生きることが出来ていると胸を張って言えない部分と言えます。

過去にあった出来事に後悔するケースよりも何かを失った経験から先に進めないという人も結構います。
何かを失う経験というのは人の心を大きく傷つけます。

一般的に思いつくものとすれば家族との死別があります。
また恋人や友人との死別も相当辛いものがある一方、一方的な別れという意味ではこれも喪失体験の1つです。

近年はこれにペットが含まれており、家族の死別と同じレベルで苦しい思いをした人も少なくありません。
それだけ多く愛情を注ぎ、その相手が死んでしまうことは心を思い切り傷つけたとしても仕方ない状況です。

失うことがある一方で手に入れることができるという事実がある

ただ、誰かと別れるなどのことはいずれ傷が癒えて新たな出会いにつながることがあります。
その一方で安定が失われることや当たり前と思っていたものがなくなることへの喪失感は想像を絶するほど辛いものです。

年齢を重ねていくうちに若さを失うことも喪失感につながり、定年退職で仕事を失うこともその1つです。
定年退職になった瞬間、家で何もすることがなくずっと家で過ごすようになり、そこから夫婦でトラブルが起きて熟年離婚につながることもあります。
こうなってしまうと、今を生きることがどれだけ辛いかを想像せずにはいられなくなります。

こうなってくると何かを失うことは人生の中では仕方ないことなのではないかとも感じることができます。
何も失うことなく人生を過ごす人はまずいません。
必ず何かを失い、そのことへの悲しみを感じることになります。

忘れてはならないのが、失うことがある一方で手に入れることができるという事実です。
今を生きるということは失うものを覚悟し、得るものは得るという覚悟を持つことにつながっていきます。

働きすぎて自分を見失うのであれば生活水準を下げてでも働く頻度を落として悠々自適に過ごすことも、失うものはありながらも大切なものを得ているはずです。

自分にとって本当に大切なものは何なのかを問い詰める

あまりにも失うことばかりを考えるために、現実を直視できないことは十分に考えられます。
もしくは過去に失った経験がトラウマになっているため、同じような経験を二度としたくないために将来を悲観するというのもあります。

いずれにしても、失うことに対する恐怖というものを取り除かない限りはなかなか現状を認めつつ自分らしく生きるというのは難しいです。
そのために何ができるのか、こう考えてみるととにかく新たな出会いを模索し、何かを始めてみることが求められます。
そうすると新たな発見につながり、今までになかった価値観と出会えるかもしれません。

確かに今を生きることは難しく、なかなか実践するのは大変な部分です。
しかし、今まで自分を縛り付けてきた固定観念は実につまらないものであり、プライドなど他人にとってどうでもいいものが邪魔をしていただけというのが真実です。

プライドを捨てたところで得られるものは多くあります。
仕事をたくさんこなして年収があったにしても、生活が味気ないと判断すればそれを捨てて好きなことをやるのもおすすめです。
なぜ失いたくないのか、そのあたりに目を向けてみると、新たな見方ができるかもしれません。

博才のある人と博才のない人

博才がある人とは?

博才がある人とはギャンブルで勝つ人のことです。
ただ、ギャンブルでツキを使う人は人生や仕事で失敗してしまうとも言われていて博打の才能と仕事の才能は違うものとされてます。

カジノなどギャンブルはお金の賭け事の対象なので刺激もありつい溺れがちになりやすいですが、他の遊びにも同じような麻薬性があるのでギャンブルだけが特別悪いともいえません。

博打のツキと人生のツキも本来は何の関係もなく、博才がある人は実は仕事や経営でも優れている人も少なくありません。
例えば他に将棋やマージャンなどもしていてバイトなどで競馬場に努めていて精通していたりすると、自然と勝負にも強くなるようです。

ギャンブル

特にツキが出ている人と勝負事をしても破れてしまうことが多く、掛け金を取られてしまうことも少なくないです。
また、このような人は以外に賭け事自体に依存になることも少なく、きっちりと儲かった金額は貯金などをして管理もしっかりしています。

麻雀や競馬、博打やオンラインカジノで稼ぐ人は、以外に堅実なことも多く会社を経営していても細かくきっちりと運営をしていきます。
このような人は数字にも強く経営でも赤字を出すことなく利益を出し、堅実な経営者になることもあります。
ツキを呼び込む才能とお金と数字に対して冷静な判断が備わってます。

博才のない人とは?

逆に博才が無い人もいます。
普通はこの才能がなくても真面目に働いていけば生きていくことは出来ます。
競馬や競輪なども参加する必要もありませんし、馬券を必ず買わなくても他にもっと娯楽はたくさんあります。

例えば競馬で勝っているつもりでも、当選金を次のレースに全て使ってしまったりしていると大体負けてくる方が多くなってきます。
この時回収率なども計算しておくとわかりやすいですが、負けた金額を計算すると実はかなりの金額になっている可能性もあります。

ただ、競馬も勝ち負けだけでなく臨場感やスリル、馬券の世界の向こう側にいる人馬と一体になることで他にはない興奮や感動などもあります。
あくまで趣味の範囲で遊ぶなら良いですが、この時使ってはいけない生活費などに手を出してしまうと危険です。

負けた分を取り返そうとして賭けていくと、勝てなくなっていきます。
この時に、いくら研究をしたり馬場コンディションの予想など夢中になるほどツキが見放していきます。
そのため、ツキがないと感じた時は、さっと一時的に引いてみて、また余裕が出来てから勝負をした方が良いです。

これから新しく競馬を始めようとしている人は、やはり持っていく金額や買おうとしているレースについて経験者に質問したりするのは当然かもしれません。
経験者の人も興味を持ってもらえることは嬉しく感じるため丁寧にその質問にも答えてくれます。

博才のない人は競馬などやらず他の趣味を探すべき

また、よいアドバイスをくれす人だと勝てると思ってやらない方がいいとも言ってくれます。
馬券は払い戻し率の中で金額を受け取っています。
例えば1000億売上があって、払い戻し率が72.5%あるとしたら胴元は275億を先に抜いてから残りを配分します。

競馬は楽しいもので追及していくほど奥も深く、好きな馬が走るとそれだけで嬉しいものです。
ただ、博打の才能がない人が賭け事だけで終わるのはかなり勿体ないです。

中には、少しでもよくしようと偽の情報商材などを買ってしまったりしますが騙されないように注意が必要です。
博打をしていて全く勝てず博才がないと気がついた時は、他に面白いと感じる趣味を探した方が良いです。

勝ち続けていて管理などもきちんと行える場合は続けても良いですが、負け続けているならやはり止めた方が賢明です。

それでも続けていきたい時は大人の対応で博打をすることが必要です。
例えば、高額な金額をかけないで少ない金額だけ購入して、それで勝ち負けを喜んだり悔しがることでも楽しむことは出来ます。

大金持ちになる必要なんてない!愛する家族がいればそれが最高の幸せ

価値観が多様化している昨今を考える

現代社会の日本においては一昔前の昔から続いてきた日本の家族形態や生活環境は激変し、核家族化が進んで高齢者の単独世帯や結婚をしない独身貴族などが増えてきています。

世界経済がますますグローバル化する中で各国の文化やファッション、ライフスタイルや価値観などが日本にもたくさん流れてきているのです。
そのような時代背景の中で人々の価値観は多様化しており、生活スタイルに関しても一人ひとりのこだわりを持ったさまざまなライフスタイルが確立されています。

日本は少子高齢化が進み、結婚する年齢も晩婚化が進んだり家庭を持たない選択をする人も増えています。
さらにこの国では離婚率も高いと言われており、結婚した3組に1組が離婚しているというデータもあるのです。

とはいえ、長寿国である日本においては長い人生の間に離婚したり独身を貫いていた人でも、再婚や結婚をして家庭を築き一人で生きていくのでは無く、愛する家族を気づき挙げる選択をする人も増えています。

婚活ブーム

近年は婚活を真剣に取り組む人も増えており、離婚経験がある人や40代以上の人が中心として開催される婚活パーティなども増えているのです。
元来日本は家族の存在を大切にしてきた歴史があり、何世帯もの家族が同居して大人数で生活してきた生活環境がありました。

親の介護を家族全体で行ってきたり、子どもの育児や教育を親が中心に家族全体で行ってきたのです。
その結果、現代社会においても親が持つ権利や義務は大きく、家族の関係性が重く考えられてきた日本の歴史を反映している状況があります。

大切な人と出会い生涯の伴侶としてその相手と誓って結婚し、子どもを産み育てることで愛する家族を築き上げていくことが人生の生きがいや働く遣り甲斐に繋がることがたくさんあります。

疲れた時やストレスを感じた時、悲しいことがあっても大切なパートナーの顔を見て話を聞いて貰えば元気になれるのです。
仕事などでさまざまなストレスに晒されて疲れて帰ってきても、子どもの笑顔を見るだけで気持ちが癒やされて、家族の大切さを実感できます。

金持ちになるとそれ相応の苦しみがある

結婚の条件で年収が高いことや大金持ちである事を条件に挙げる人も少なくありません。
もちろん社会の中で人間らしい生活を続けていくためにはある程度のお金が必要であり、安定した収入や貯蓄がある事も大切な条件になります。

愛する大切な家族の生活を守るために、ストレスに晒されながらも歯を食いしばって収入を得るために働いている人は多く、愛する家族が働く目的になっているのです。

将来の夢や希望として大金持ちになりたいという人は少なくありませんが、本当に大金持ちになる事が幸せになる必須条件なのでしょうか。
生活するに困らない程度の収入や蓄えは生きていくためには必要でありますが、使い切れないほどの大金を持っているが為に大切な家族や親族と仲違いしたり、トラブルの原因になってしまうことも少なく無いのです。

人間は人との繋がりを求める生物

人間はその状況に慣れてしまう習性があり、大金持ちになればハイクラスの生活が当然の環境として抜け出せなくなってしまいます。
お金で得られる生活環境や物資等はたくさんありますが、大金があるが故に家族関係が希薄になってしまったり、大切な家族を守っていくために働いていた気持ちを忘れてしまうこともあるのです。

お金にゆとりが内生活であれば、生活に工夫が生まれ家族の協力も欠かせなくなってきます。
そのことは家族に連帯感を生み出して、一緒に喜んだり悩んだり、協力する事によって絆がより深まり愛する家族の存在を痛感する事が出来るのです。

人間は人との繋がりを求める生物であり、どれだけ大金持ちになっても愛する人や家族の存在が無ければ本当に満たされないとも言えます。
愛する家族がそこにいればそれが最高の幸せであり、大金持ちになる必要は無いのです。

結婚に憧れている人

結婚に憧れが強過ぎるケース

子供の頃には将来の夢はお父さんとお母さんのような幸せな結婚をして家族と一緒に暮らしたいと思うようになるものかもしれません。
素敵なウェディングドレスを着てみたいというのは女性達の憧れでもありますし、家に帰るといつも温かい料理と妻や子供達に出迎えてもらいたいという風に願っている男性も多いでしょう。

そんな風に憧れている人達だとしても、いざしてみると離婚をすることになってしまったり、結婚が出来ずじまいの人もいるのはなぜなのでしょうか。
それだけ憧れているのですから、結婚生活も上手くいきそうなものですが、そんな人たちでも上手くいかないというのは不思議でなりません。

まず結婚できない人の理由は、憧れが強すぎることが原因になっている可能性があります。
こんな人と一緒に暮らしていきたいという理想が強すぎる場合は、その理想に当てはまる人がいなければ結婚したいという気持ちになる事が出来ないからです。

いざ恋人が出来たとしても、二の足を踏んでしまうことになりその先にすすめないとなれば、いつまでたっても独身のままになってしまいます。

それでは離婚をしてしまう人の原因はどうなっているのでしょうか。
ここでも出てくるのが、やはりあこがれが強すぎたという部分です。

小さな頃から思い描いていた理想の家庭を築くことが出来なかった場合は、そのギャップに喪失感を得てしまうことになります。
そのようになってしまうと、こんなはずではなかったというように思うようになり、離婚をしたいと感じるようになってくるでしょう。

理想と現実は違うことが多い

理想通りの生活をおくろうと思っても、相手が全く自分と同じ考えではあるとは限りませんし、仕事や経済的な問題から上手くいかない場合もあります。
週末になれば、家族みんなでお出かけをして外食をし、平日は専業主婦の妻が手料理で夫を出迎えるというのは理想の家庭像ではあります。

しかしそんな生活が出来るのは、経済的な余裕がある家庭だけになってしまうでしょう。
夫一人の稼ぎだけで十分な生活が出来れば妻は働きに出なくてもいいですが、現実的にはそんな家庭はほとんどありません。

専業主婦として暮らす事が出来たとしても、切り詰めた生活を送るようになり、とてもではないですが毎週のように外食など出来るはずもないはずです。
夫が1人でたくさん稼ぐ家庭だったとしても、会社経営などをしている場合は接待や付き合いなどで、毎日早く帰ってこれるわけではありません。

週末には出張などがある事も多いでしょうし、収入が多くても家族を顧みる時間などないと考えておいた方がいいでしょう。
そういった風に、理想と現実の差というのはどのような相手を選んでも起きてくると考えておく必要があります。

結婚生活はお互いが努力をしあうことが大切

そこを理解しないまま結婚をしてしまうと、憧れていた生活と違うという風に落胆をしてしまうことになり、どんどん嫌になっていくはずです。
生活の中ではあきらめなければならないこともたくさんあるという風に考えておかなくてはなりませんし、いい事ばかりではないと思わなくてはならないでしょう。

もちろん憧れていた通りの生活が出来るかどうかは、お互いが努力をしあう必要もあります。
そこで努力をせずに不満ばかりを言っているようでは、ますます破たんしていく事になりますので、お互いが気をつける必要があるはずです。

憧れるのはいくら憧れても問題ありませんが、他人の家庭を羨ましがるような事をしてはいけません。
他の家庭は幸せそうなのに、自分達だけ不幸だと感じるようになってしまうと、それが態度に表れてしまうことになり悪循環になります。

幸せな生活は自分達のペースで作り出していけばいいですので、憧れの生活を手に入れられる努力をしましょう。

就職ってしなければいけないのか?

フリーランスと言う働き方

日本では多くの人が高校卒業後や大学卒業後に就職するのが現状です。
就職した場合メリットは多くあります。
仕事を行う上でのマナー・考え方・人付き合いなどを、お金を貰いながら学ぶことができます。

余程の資産家で無い限り仕事を行う、対価としてお金を貰い生活することになります。
お金がなければ、家にも住めませんし、食べ物や衣服なども買う事ができません。

ただ、必ずしも学校を卒業したあとすぐに就職する必要はありません。
今フリーランスと言う働き方あります。
フリーランスとは、会社に所属せずに個人で仕事を請け負お金を得る方法となります。

フリーランスのメリットは、サラリーマンと比べて遥かに多くのお金を稼ぐことができる可能性があることです。
サラリーマンの場合一部の会社を除いて年齢によって大体の賃金は決まっています。

大手企業でも年収1000万円以上の賃金を貰えるのはほんの一握りです。
貰えるとしても新卒で入社してから20年以上経過した40代とかになります。

仕事が出来れば20代や30代で年所得1000万も可能

フリーランスの場合は大変なことは少なくないですが、仕事が出来れば20代や30代で年所得1000万と言うのも不可能ではありません。
会社に勤めるのが普通と言う価値観はこれから大きく変わることが予想されます。

アメリカでは近い将来半数がフリーランスになるとの予想結果があります。
日本においても、某調査によれば2017年時点で1122万人ものフリーランスが活躍しているとされています。
この数は労働人口の17%になる数字です。

厚生労働省が発表した報告書「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」によれば、正社員制度が崩壊して多くの企業はプロジェクト型になる、と言う考えを示しています。

各分野に精通しているフリーランスは、各プロジェクトで主な戦力になることが予想されています。
フリーランスは未来の日本において一般的な働き方になるのではないでしょうか。

フリーランスは実績が命

2035年にその様な状況になるとすれば、その10年前には雇用体系が変わる流れができることが予想されます。
先行してフリーランスとして活躍した人が将来のプロジェクト型社会において、多くの信頼を得られやすいのではないでしょうか。

仕事を依頼する場合実績が大切です。
例えばA社とB社が同じ家を同じ価格で販売したとします。
A社は販売実績が多いですがB社は販売実績が少ない場合、どちらが選ばれるでしょうか。

フリーランスでも同じことが言えます。
例えばあるサービスを同じ価格で提供しているフリーランスが二人いるとします。
一方は実績が多く一方は実績が少ない場合普通どちらに仕事をお願いするでしょうか。

多くの人が、実績が多い人にお願いするのではないでしょうか。
クライアントに信頼されない場合仕事を受注できず収入はゼロになってしまいます。

そうなると、仕事を受注するための工夫が必要になります。
例えば受注金額を落としたりすることです。

能力が高い人こそ始めからフリーランスになるべき

受注金額を落としてしまうと、一つの仕事に時間をかけることができずクオリティーの高い仕事をできにくくなるかもしれません。
つまり、フリーランスが活躍することが予想される社会で活躍するために、高校卒業後や大学卒業後に新卒で就職せずにすぐにフリーランスになって仕事を行うことは、大きなメリットがあるのではないでしょうか。

就職してしまうと、あれこれ時間が過ぎてしまい、好機を逃してしまうこともあります。
会社勤めのメリットももちろんあるので、否定している分けではありません。

ただ、何がなんでも就職と考える必要はないのではないでしょうか。
能力が高い人こそ始めからフリーランスになった方が良いかもしれません。

フリーランスのメリットはサラリーマンと比べて裁量が多いことです。
自分の考えを第一にして行動することができます。
新卒サラリーマンの場合何かを決める決定権は多くはありません。

人生とはギャンブルのようなものである

お金を稼ぐということ

競馬やパチンコなどのギャンブルは生活のため行う方もいれば、娯楽目的で行う方もいます。
またギャンブルにのめり込んで抜け出せなくなってギャンブル依存症になってしまったという方も少なくありません。

賭け金によって違ってきますが、ギャンブルを行う方のほとんどは数万円単位で儲けたり損をしたりして一喜一憂をしているというのが事実になります。
現在男性が生涯に稼ぎ出す収入の平均金額は、およそ2億5千万円ぐらいで、女性の場合は、およそ2億円ぐらいとされています。

ちなみに1人の子供を大学を卒業するまで育てあげるのに必要となる教育費は、およそ1500万円ぐらいかかります。
数万円ぐらいのお金を儲けたか損をしたかで一喜一憂して時間を浪費するのは勿体ないことです。

人間は誕生した時点で、限定された時間で生きる必要があります。
そのため、その限定した時間を、どのように暮らせば良いのかを早急に見極めることが必要です。

お金をいくら持っていたとしてもタイムリミットを迎えてしまえば意味がありません。
お金で時間は買うことが出来ないからです。

人生そのものが時間をかけた最も大きなギャンブル

限定した時間の中で、どのようにして過ごしていくのかというのは、人生そのものが時間をかけた最も大きなギャンブルであるということになります。
独立したり転職したりすることは、将来的に稼ぐ見通しの資金を賭けている行為だと考えがちなのですが、このことはその人の時間をかけていることになるのです。

お金をいくら持っていたとしても意味はありません。
最も重要なのはその人自身が生きている時間なのです。

もちろん、ギャンブル自体が悪いものという訳ではありません。
ギャンブルをした経験がその人の財産や知識として活用されるのであれば非常に良いことと言えます。
何をして過ごすにしても、その行為がその人にとって財産になる暮らし方であれば、それで良い訳です。

しかし人間である以上、時間を無駄にしてしまったと感じることも時にはあります。
初めから時間の無駄だと知りつつも過ごしたのか、結果的に時間の無駄になってしまったのかによって違ってきますが、どちらにしても時間の無駄であったと反省することは、その人の経験に繋がります。

その経験を無駄にしてしまうかどうかは、その人の考え方次第です。

すべての経験は有意義なものに変えることができる

ご飯を友達と食べて過ごす時間は決して無駄なことではありません。
そこでの会話や出会いは、その人の人生を新たに切り開く契機になる可能性があるからです。

家族と一緒に旅行に出かける時間も無駄な時間ではありません。
その旅行先で感じたり、見たりしたことは、その人の人生を豊かにしてくれるかも知れないからです。

趣味のために使う時間も無駄な訳ではありません。
ある程度の息抜きはその人を楽な状態にして、仕事の効率を高めてくれる可能性が高いからです。
そして趣味で行っていることが仕事に繋がる可能性もあります。

同じ内容の失敗を何度も繰り返す訳でなければ、時間の無駄ということは本当はありません。
人生は最も大きな時間をかけたギャンブルと言えます。

1度しか人生は過ごせませんし、やり直すことは出来ません。
とは言っても生きている間は何度でも挑戦することが可能です。

まとめ

家族の生活を守るために仕事を嫌々ながらも続けているという人は、そうまでしても守っていきたい存在を抱えている自分に誇りを持てるのであればそれで良いと言えます。

サラリーマンを辞めて起業して結果的に収入が少なくなってしまったという人も好きなことに対して時間を使うことを選ぶ自分に対して誇りを持てるのであれば、それで良い訳です。

時間の過ごし方は人それぞれということになります。
問題は、今を過ごしている人生が本当に有意義な時間の過ごし方が出来ているかということです。